アオダモの庭

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ドラマ「家政婦のミタ」にはまってます

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明石海峡の夕景

 

日テレ系のテレビドラマ「 家政婦のミタ 」にはまっています(^.^) 最初は興味半分で見ていたのですが、結構中身が濃く、家族のあり方や人としての生き方などの面で、いろんなテーマを投げかけているドラマだと思うようになりました。

原作者やプロデューサーがどんな思いでこのドラマを描いているのかは解らないのですが・・・ 松嶋菜々子が演じている家政婦の三田 灯は、幼い頃に事故で父と死別、それが原因で実の母から疎まれ、再婚した母の夫や義弟からもハラスメントを受けますが耐えて笑顔を貫きます。 やがて結婚をし夫と息子との幸せな家庭を得ますが、それもつかの間、義弟の恨みをかって家に放火され、最愛の夫と息子とを火事で失います。 肉親からは、「不幸を招くのは全部お前の笑顔のせいだ」とののしられ、「もう一生笑うな」と宣告されて感情のないロボットのような人間になってしまいます。

現実の世の中にもこうしたハラスメントの現実はあり得ると思います。 ぼくの知っている牧師は、「彼女が笑顔を失い、感情を封印してしまったのは、あまりにも受け入れがたい悲しみ、苦しみ、虐待等々に遭遇した結果、トラウマ状態になった」と分析されていました。ぼくもそうだと思います。

三田が家政婦として派遣された阿須田家の人たちは家庭内のごたごたでいがみ合い、家族の絆を失いかけます。 けれども三田の存在、境遇(家族を取り戻したくても不可能)を知るにつけて少しずつその意識が変わりはじめ、やがてみんなが家族の絆の大切さに気付き始めるのです。

想像を絶する彼女の悲しい過去を知った阿須田家の人たちは、こんどは何とかして三田を救おうと協力し始めます。 そうした阿須田家の家族の愛によって、頑なだった三田の心に変化が起き始めます。 と、まあこのあたりまでドラマは展開していて、多分あと二回くらいで完結ではないかと思います。

今後のドラマの展開はわかりませんが、これまでの放送で教えられたことは、生活面で何不自由のない私達は、つまらないことで憤り、こだわり、本当に大切な守らなければならない家族の絆や、友達などの人間関係を自我によって簡単に壊してしまう。

  1. 修復できないところまでいってしまってからではどうしようもないということ。

  2. 自分たちが拘っているよりも遙かに次元が違う悲しみの深淵にいる人がいるということ。

  3. 本当に大切なものを守るには、自分に問題があるということを自覚し、自分の意思で自分の行動で修復しなければいけないと言うこと。

偉そうなことは言えないんですが、ぼくにはそんなメッセージに思えました。 でも、人間は愚かなので、大抵の場合、失ってからその大切さに気付くんですよね。 多分・・・ですが、あと二回の放送で、常識的には三田のような救いようのない運命的な人生であっても、真実の愛が働くことによって不可能が可能になる。つまり人が幸せな人生を得るためには、お金とかの物質的なものではなくて、人の優しさや愛を素直に受け入れること、また自身もたとい相手がどのような欠陥人間であっても愛し続けること・・・というようなテーマの投げかけで終わるのでは・・・と予想しています。